ハイサイド電流測定には「差動増幅回路」を用いる方法と、そこから発展した俗に言う「古典的方法」がよく取り上げられています。「差動増幅回路」を用いる方法は同じ値の抵抗が2セット必要なのであまり得策とは思いません。オペアンプのイマジナリーショートを使う「古典的方法」が使いやすいかなぁと思います。
「古典的方法」は、Analog Devicesのアプリケーションノート「AN-105: 電流センス(検出)回路集 電流に対するセンスを養う」を始めとしてネットに色々挙がっています。これらの資料に沿って、LTspiceでシミュレーションしながら電子工作向きのハイサイド電流測定回路を考えてみます。
I「古典的方法」
シャント抵抗Rsの電圧降下が発生すると、反転入力端子電圧V-と非反転入力端子電圧V+の関係が V- >V+ となります。
この状態ではオペアンプの出力が低下します。そして、トランジスタM1のゲート電圧が引き下げられるため、M1のオン抵抗が低下して電流$I_1$が流れます。そして、$I_1$と抵抗$R_1$による電圧降下によりV- の電圧が低下します。
これにより、V- とV+ の電圧が等しくなるように制御されます。
この動きに沿って、負荷電流Isと出力電圧$V_{OUT}$の関係を導きます。
V+とV-が等しくなるようにMosfetのゲート-ソース間電圧V(V-, N001) を制御して、ドレイン電流(ほぼ、I(R1))を決めている様子が分かります。
ゲート-ソース間電圧V(V-, N001)が電源電圧になると、それ以上はドレイン電流の調整ができなくなり、この時が負荷へ流れる電流の測定限界です。(Is $\simeq$ 2.1A)
II「古典的方法」の進化形
測定の要件のひとつは測定精度だと思います。精度にはオフセット電圧が効いてきます。オフセット電圧の小さな測定用のオペアンプは電源電圧5Vのものが多いです。ここに挙げる回路は、こういったオペアンプを電源電圧5Vを超えて使うための方策だと、私は理解しています。
Analog Dialogueに「広ダイナミック・レンジのハイサイド電流検出:3つのソリューション」という記事があり、そこに下記の図1が載っていました。
この回路の特徴を出典記事から引用します。推奨されているオペアンプの電源電圧は皆、単電源 5V駆動のようです。そのためツェナー・ダイオードで電源にバイアスを掛ける回路になります。
図1は、AD8628を利用した、オペアンプ・ベースのディスクリート・ソリューションです。ほかのオペアンプでも同じ構成が可能ですが、必要な性能として低入力オフセット電圧、低オフセット電圧ドリフト、低入力バイアス電流、入力と出力のレールtoレール振幅機能があるとよいでしょう。その他の推奨アンプには、AD8538 、AD8571 、AD8551 があります。
この回路は、ハイサイド電流I をモニタリングしています。アンプには、この場合5.1Vのツェナー・ダイオードで電源バイアスがかけられています。これにより、アンプが高同相レベルで安全に動作し、その電源電圧が許容限度内で安定性を維持し、その間出力はMOSFETによって電流に変換され、RL によってグラウンド基準の電圧に変換されます。
前例(図0.)と同様に、1Vが1Aとなるように各種抵抗を設定してシミュレーションしてみました。小さな電流の様子が見れるように対数表示にしました。電源電圧は15Vに対して、バイアス抵抗とツェナー・ダイオードで極間電圧5.1Vで動いています。
10mA以上では負荷電流Isensと回路測定電流は同じですが、10mA以下では回路測定電流が小さめの値になっています。1mAでは回路測定値が0.7mAとわずかに小さな値を示しています。
III さらなる進化形(高精度化)
100μA測定を実現するLTC2063
- 5μV maximum offset voltage
- 0.02μV/°C maximum offset voltage drift
- Input bias current 3pA Typical
High Side Current Sense-Clarifications Required
上記の回路図でシミュレーションしてみますと、次のようになります。上図の抵抗定数は1A流れるとVoutから10mVを出力するという設定です。Voutは赤色です。青色がREFにより作られるオペアンプ電源の電位差、ピンクが流す電流Isensとの誤差(1.0は100%を表す)を表しています。
100uAで誤差0.7%で、それ以下では誤差が急増しますが、それ以上ではほぼ0%です。前項の10mA以下で誤差が急増するケースに比べてとても高精度です。
AD8628でも、シミュレーションでは100μA測定可能
この回路の推奨オペアンプを前項のAD8628と比較したものが下記の表です。入力オフセット電圧を見る限りは推奨オペアンプよりもAD8628が優秀です。推奨となる特性はどういった内容なのでしょう。
興味本位でこの回路のオペアンプをAD8628に置き換えてみたところ、オペアンプの変更だけでは、2mAで出力が飛ぶような結果となりました。
トライ・アンド・エラーで電源のバイアス回路を下図のようにすると、LTspiceが計算してくれるようになりましたので、その結果を載せます。このシミュレーションではオペアンプがLTC2063であっても、AD8628であっても同じ結果となっています。
前項の回路でも、シミュレーションでは100μA測定可能
AD8628を計算した上図の回路は、前項「II「古典的方法」の進化形」で載せた回路図とほとんど同じです。違いはゲインを決める数種の抵抗の値とノイズ対策と思われるコンデンサの有無です。
抵抗の値を同じにすると、ほとんど同じ結果となりました。この結果から、本項の引用元で高精度としているのは、高精度を実現するバイアス電圧の安定化とかノイズ対策のことだと思います。それをLTC2063を使って超低消費電力で実現しているという意図だと思います。
IV アプリケーションノートAN-105の事例
1. ネガティブフィードバック、ポジティブフィードバック
Analog Devicesのアプリケーションノート「AN-105: 電流センス(検出)回路集 電流に対するセンスを養う」は電流計測を体系的に説明している資料なのですが、ここに挙がっている回路はここまで載せた事例(下図1.)と異なり、非反転端子にフィードバックがかかり出力にはNチャンネルのトランジスタが設けられています。さらに注意深く見ると、シャント抵抗両端の電圧をオペアンプ非反転、反転端子へ入力するときの加え方も逆になっています。(下図5.)
これはただの回路構成上の違いなのか、それ以上の意味があるのか不明なので、下記の回路を元にして、(A)非反転(ポジティブ)フィードバック+Nチャンネルと(B)反転(ネガティブ)フィードバック+PチャンネルをLTspiceで比較してみます。
色々な比較
MOSFETかBJTトランジスタか
ベース電流がエミッタ電流に加算されて Vout の誤差要因になるので、できる限り hFEが大きいものを使います。 Isense が 0Aになる付近では、トランジスタのコレクタ遮断電流$I_{CBO}$ が Vout の誤差要因になります。トランジスタをPチャネルのJFETあるいはPチャネルのMOSFET に置き換える と精度は格段に向上します。
LT1637とLM358
LT1637とAD8628
アプリケーションノートAN-105に載っているLT1637と「広ダイナミック・レンジのハイサイド電流検出:3つのソリューション」に載っているAD8628をそれぞれの回路構成で比較してみます。電源電圧は同じ10Vにして、負荷電源も10Vにしています。シャント抵抗とゲイン設定用抵抗も同じの条件です。
3mAを超える範囲ではAD8628+PMOS 負帰還の方がLT1637+NMOS 正帰還よりもわずか(1%)誤差が小さく、それ以下ではLT1637が誤差が小さい結果となりました。3mAを超える範囲は図を見てもわかるように誤差がフラット(均一)な領域なので、ゲイン設定抵抗を調整すればさらに誤差を小さくできると思います。
私の電子工作では、1mAも測定できれば十分すぎるので、どちらも同じく高性能だと思います。
- 以下の2種類の方法で1mAまで十分に測定できることが分かりました。
- AD8628+PMOS 負帰還回路(IV アプリケーションノートAN-105の事例の 2. LT1637)
- LT1637+NMOS 正帰還回路(II「古典的方法」の進化形)
- 帰還経路に配置され、反転端子と非反転端子をイマジナリーショートとなるよう機能する素子は、MOSFETの方がトランジスタよりも誤差を小さくできるが、その差はわずか(シミュレーション上は1%)であり、入手性を考えるとトランジスタで十分です。